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明るく楽しく働くためのIDEA-MAGAZINE

AIが仕事を奪う?いや、奪ってほしい仕事もある

みなさま、こんにちは。本記事の執筆担当・桐生です。

最近、ChatGPTやら画像生成AIやら、AIの話題が日常にもすっかり馴染んできましたね。
「AIに仕事を奪われる!」みたいな記事も毎日のように見かけますが、今日はそれについて、ちょっと思ってることを書いてみようと思います。

 

「仕事を奪う」って、悪いこと?

まず大前提として、「AIに仕事を奪われる」というと、なんだかものすごくネガティブな響きがしますよね。
でも、そもそも“奪われる”っていう表現、ちょっと違う気がするんです。
私なんか、正直こう思う時もあります:

「この仕事、むしろAIにやってほしい…」

たとえば…

・毎月の書類の名前付け
・同じようなメールの返信
・「ちょっと文言考えておいて」系の曖昧依頼
・会議の議事録をあとから手書きで起こす作業

全部、AIにやってほしい…心の底から…

 

AIに“奪って”もらえたら、できるようになること

AIが得意なところを引き受けてくれたら、私たちは何をするべきか?
たぶん、「考えること」や「人と向き合うこと」なんじゃないかと思うんです。

たとえば、
「この事業、もっと面白くできないか?」と妄想してみたり
社内のメンバーとの会話の中で、ちょっと深い話をしてみたり
“人間らしい悩み”にちゃんと寄り添ってみたり
こういう時間やエネルギーって、今は「雑務」で埋もれがちです。
もしAIが代わりにやってくれるなら、ようやく人間の本領が発揮できるんじゃないか?って思うことがあります。

 

それでもAIが怖いと感じる時

…とはいえ、「いやいや、全部AIに持っていかれるのはやっぱ怖いよ」って気持ちも分かります。
特に「自分の得意なこと」をAIがやり出した時は、ちょっとモヤモヤしますよね。

私自身も、企画書のようなものは良く書いていてそれなりには勉強していたんですが、今はChatGPTの方がよっぽどスムーズかつ的を得たように書く…ような気がして、なんとも言えない敗北感を味わうことがあります

でも、「得意だったもの」が“自分の価値”のすべてじゃないはず。
AIが加わることで、「人間がやる意味」を再定義するチャンスなのかもしれません。

 

結論:「奪われる」か「手放す」かの違い

AIがやってくれることで、“奪われた”と感じるか、“手放せた”と感じるか。
それって、もしかすると、自分がどれだけその仕事を「義務」でやっていたかにも関係している気がします。
これからの仕事って、「AIにやらせること」と「自分でやること」を、ちゃんと分けられる人が強いのかもなーと思います。
で、私は今、議事録作成をAIに丸投げできるようになったので、その分「人に会って話す」ことにエネルギーを割けるようになりました。

これが最高です。

あなたは、どんな仕事をAIに“奪って”もらいたいですか?
ぜひ聞いてみたいです。ではまた!

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